人々の暮らしに根ざす柄や模様をモチーフに、鑑賞者をもその一部にしてしまうような巨大な絵画を公共空間に生み出してきたマイケル・リン。彼が別府をリサーチするなかでインスピレーションを得たのは、温泉旅館や商店街の呉服屋で目にした色とりどりの浴衣と、建物の外装や温泉に用いられていたタイルでした。
現代は浴衣を日常的に着用する人は少なくなっていますが、数世代前までは寝巻や普段着として身近な存在でした。しかし、温泉地・別府では宿泊客のリラックスウェアとして馴染みのあるものといえます。タイルもまた、全国どこにでもありふれた素材でありながら、別府の建築や衛生観念の変遷と結びつきの深い素材です。
それらのパターンは、壁画とポスターという異なる媒体となって町に広がり、空間や人とさまざまな関係を結びます。11種類のポスターから生まれる組み合わせに際限がないように、そこに立ち上がる関係性には、1つとして同じものはありません。このようにしてリンが描くパターンは、さまざまなかたちでこの町の日常に溶け込んでいきます。
浴衣の花柄をモチーフにした大型壁画を地元の若手アーティストや学生らとともに制作し、歴史ある映画館『別府ブルーバード劇場』を備える『ブルーバード会館』の西側壁面に設置します。来訪者は、旅の終わりや始まりに駅のホームからこの作品を眺め、自身の記憶や次の行き先に思いを馳せるかもしれません。
中心市街地のある壁面を11種類のポスターで埋め尽くします。別府市制100周年記念事業の一環として、同じデザインのポスターを近隣店舗や市民にも広く配布します。
台北とブリュッセルで活動するアーティスト。絵画を鑑賞するためのオブジェではなく、そこに住むことができる物理的な空間として捉え、公共空間を再概念化する巨大な絵画インスタレーションを展開しています。テキスタイルのパターンやデザインを用いた彼の作品は、オークランド・トリエンナーレ (ニュージーランド、2013) やカリフォルニア・パシフィック・トリエンナーレ (アメリカ合衆国、2013)、マニラ現代美術デザイン美術館 (フィリピン、2016)、ヴィクトリア国立美術館 (オーストラリア、2017)、台北市立美術館 (台湾、2019)、トロント現代美術館 (カナダ、2020)、フメックス美術館 (メキシコ、2020)、ニューヨークのメトロポリタン美術館 (アメリカ合衆国、2022) といった、世界中の主要な美術館や国際的な芸術祭で展示されてきました。
公立美術館などの建築物を変容させる彼の型破りな絵画は、空間に対する認識を再考させます。また、来場者自身を作品にとって不可欠な一部としていざなうことによって、その空間は相互作用や出会い、再創造の可能性を持った場所としての意味を持ち始めます。
このプロジェクトは、別府の街なかで日常的に目にする浴衣とタイルの柄を用い、さまざまな環境や組み合わせによって展開します。本作を通じて人々が公共空間におけるアートのあり方を考え、それを能動的に創造するプロセスが生まれることを願っています。
パッチワークやコラージュのように、浴衣やタイルの柄を好きなように並べたり異なる柄同士を組み合わせたりすることで、新しい意味を生み出します。浴衣は身体を、タイルは浴室や建築を包む役割を持っています。また、観光客の多くが温泉を目当てに訪れる別府では、レジャーの象徴でもあります。別府では湯上がりに浴衣姿で散策したり、おしゃれな浴衣をレンタルしてまち歩きを楽しんだりする観光客をよく見かけます。浴衣は綿でできており、柔らかく、多孔質で、身体を優美に飾ります。一方でタイルは硬く、不浸透性で、空間の境界が明確なものです。浴衣の伝統的な花柄とタイルのモダンな幾何学模様は、歴史的な観光地である別府が時代の流れとともに変化したことを思い起こさせます。
このプロジェクトでは、それらの柄をポスターと壁画に展開します。さまざまなスケールや媒体となって、街なかのアクセスしやすい場所に設置します。最大の要素は、ブルーバード会館に設置する壁画です。駅から遮るものなく鑑賞できるよう、西向きの壁に設置することに決めました。壁面のサイズに合わせて拡大した色とりどりの桜や椿のモチーフが壁一面を覆うこの作品は、街の輪郭の一部となるでしょう。また、この壁画は、戦後間もなく映画館となったこの場所に、かつて手描きの映画看板があったことを想起させます。それとは少し意味合いは異なるけれど、この壁画は公共のモニュメント、ランドマーク、あるいは街のシンボルとして注目を集めるでしょう。
ポスターは全部で11種類制作します。ポスターの絵柄は、ブルーバード会館の壁画と同じ図案を6分割にしたものです。さらに、3種類のタイルの柄と、そのうち2枚を鏡写しにしたバージョンの計5種類があります。複数のポスターを自在に組み合わせることで独自の柄を構成することができるので、表現は無限大です。
このポスターを市民を対象に配布します。しかし、1人が全ての柄を手に入れることはできません。ポスターは人の手に渡った後、額装して飾られたり、イベントの告知物として一時的に掲示されたり、プレゼントの包装紙にされたりと、それぞれに異なる意味を持つことになります。
ポスターはまるで新商品や音楽ライヴの広告、あるいは選挙キャンペーンのように、期間限定で街や個人宅に貼り出されます。1枚だけ掲示されることもあれば、壁一面を覆うように組み合わされることもあります。その1つひとつが街や人々の日常生活に溶け込んでいくことを望んでいます。
今回使用した浴衣やタイルのような連続性のある柄には、無限に繰り返すことができるという性質があります。規模の大小や多様な文脈を組み合わせるこのプロジェクトは、市民の積極的な参加があって実現するというだけでなく、アートや作品制作、公共空間の境界線をも探っているのです。
マイケル・リン
別府市制100周年記念事業
(2023年3月16日時点)
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